AJFの活動

アフリカの食料安全保障
−地域資源の利用と住民参加による多面的な試みを重視−

2003年7月
アフリカ日本協議会食料安全保障研究会

21世紀のアフリカにおける食料安全保障は、いかに実現されるべきか。私たちAJF「食料安全保障研究会」は2年間に亘って9回の公開勉強会・講座をもち、熱い議論を重ねてきた。今年9月開催予定の『TICAD III』を視野に入れ、アフリカ日本協議会「食料安全保障研究会」は、以下のように提言する。

【流れを変えよう】

食料安全保障の達成とは、アフリカのすべての人々が健康的な生活を送るに必要な食料を十分に、そしていつでも入手できる状態をいう。食料の援助や輸入に依存しても十分な食料を入手できるかもしれないが、現在のアフリカの経済状況では輸入に全面的に依存することは困難だし、恒常的援助依存も健全ではない。したがって、ここでは、アフリカ各国ができるだけ食料生産の国内自給力を高めることに重点を置きたい。「自らが食する物を自らの手で作り、採集し、調理する」が基本である。

食料自給力の向上は、ただ単に生産性を向上させるだけで達成できるのではない。生産者に意欲があり、社会的・政治的不安が解消され、そして識字教育や医療改善などの様々な多面的な努力が結集されてこそ初めて、食料安全保障が実現できるのである。食料生産者の大多数が住む農村において多角的な方策がとられ、同時に、社会的・政治的に安定した条件がつくられなければ、国内全体の食料の生産や流通も改善しないからである。

アフリカでは今後も長期に亘って、食料不安が続くものと懸念される。FAOによれば、「サハラ以南アフリカ」の栄養不足人口は1995-97年の約1億8千万人から若干減少するものの、2030年には依然として約1億5〜6千万人が飢えの状態にある、と予測されている。他の開発途上地域では栄養不足人口は同年までに大幅に減少するものの、「サハラ以南アフリカ」のそれはわずかに減少するだけで、世界最大の栄養不足人口を抱えることになると予想される。

したがって、アフリカにおいて食料増産努力は今後とも不可欠である。この努力なくして、アフリカにおける食料不足や飢餓の問題は永遠に解決されない。アフリカではまだ野生の動植物が食されている。これらによって貴重な栄養分が摂取されており、栄養バランスのよい食生活が維持されてきた。だが、このような野生種は減少してきており、重要なものは栽培や飼育によって確保することが大切である。

では、食料の増産はどのようにして達成されるのであろうか。できるだけ民間の活力を重視し、経済活動の自由化が進めば、食料の増産は実現されることになるのであろうか。

アフリカの1人当たり実質所得が短中期的に増加するとの期待は薄い。かりに実質所得が増えたにしても、食料生産の伸びには限界がある。その理由は、アフリカの農業は気象条件の影響を強く受ける性質を持っているからである。したがって、現時点で利用可能な農業の生産技術と住民の所得水準を前提にすれば、農業の飛躍的な増産は短中期的には不可能である。

在来の知識や知恵の活用、そして新技術との融合による農業技術の開発や組立、そしてその普及、灌漑や農村道路の整備などによって、ある程度の増産は実現できるであろう。しかし、このような従来型の農業・農村開発プロジェクトのみでは、点としての成果はある程度期待できるにせよ、広範囲での貧困解消を伴った食料安全保障が実現できるか疑問である。

貧困問題との関連でいえば、近年におけるアフリカ農業・農村開発研究での大きな成果の一つは、「農村生計rural livelihoods」と「多様性diversity」の概念である1)。すなわち、農村に居住する人々は生存を最優先とする戦略を重視し、多様化をはかっている事実が明らかになっている。農村住民の大部分は確かに食料生産に従事しているが、その多くは必ずしも余剰の食料生産を第一目標に生産活動を営んでいるのではない。ある時点、ある場所では、余剰の食料は生存戦略にあまり意味をなさないのである。地域全体で不足しているからとはいえ、食料というものは、作れば全てが売れるものではない。市場や天候の面で不確実性が大きいアフリカでは、農家レベルで余剰生産に特化することはリスクが大きく、生産を多角化する方がリスクを分散できるからである。

アフリカの農村は多様である。また農村に住んでいる人々も多様な生活を営んでいる。例えば農村市場での商業活動などは重要である。食料安全保障の達成や貧困削減の解決を、面的に広げていくためには、その多様な農村と人々の多様な生活を、地域の違いを意識して、可能な限り個別的に、そして具体的に問題を掘り下げ、それを解決していかざるを得ない。そうだとすれば、農村住民の自発性と参加が不可欠である。中央政府や援助機関のトップダウンでは、どうしても画一的な対応になりがちだからである。これまでの農業・農村開発の失敗は、画一的な政策に大きな原因があったのではないだろうか。暗黒大陸から始まり、近年では飢餓や貧困、内戦やエイズといったネガティブなイメージで長い間、アフリカは捉えられてきた。これはアフリカの全てではない。人々が日々悪夢に悩まされ、過酷な状態におかれて生きているというのは、事実の一面でしかない。誰にも夢があり、その夢を実現するために日々努力しようとするのである。アフリカにはたくさんのイキイキとした笑顔がある。生に満ちた歌や踊りがある。

アフリカの人々にとって必要なのは、「生きがい」をもって毎日を楽しく過ごし、「夢」が実現できる社会ではないか。それは努力が確実に報われる社会である。運や天にだけ頼る社会は不幸である。この基本的なスタンスは、どの社会にも共通するものである。豊かな消費を享受し、飽食にある私たち日本人は、自らの日々の行動を反省し、アフリカの人々が直面している厳しい現状と私たちの現状との断絶、そして世界の不公平さに目を見開き、隣人としての共感をもってこそ、世界市民としての資格をはじめてもつことができるのである。これが同じ目線で考える協力であり、支援である。

【急がば回れ−先ずは土作りから−】

アフリカ農業の自然環境はきわめて厳しい状態にある。降水量が十分で、肥沃な土壌に恵まれた地域は限られている。アフリカ大陸はとても古い大陸であり、火山活動も少ない。熱帯・亜熱帯という自然環境の下で有機質分解が早く、また風化や溶脱が進んでいる。このため、一般的に耕土は浅く、土壌栄養分は少ない。

植民地化はアフリカの農業・農村に著しい負の影響を及ぼした。宗主国の都合によって農業が歪められたのである。西アフリカでは落花生やカカオなどが栽培され、アフリカ人の食料生産向上は無視され続けた。東部や南部の国々では、鉱物資源や白人入植農場の開発のために土地が奪われた。

そして東南部アフリカの国々では、植民地時代にアフリカ人労働者向けの主食作物としてメイズ(白色トウモロコシ)生産が拡大した。これは食料生産力を高め、効率的かつ安価に市場供給するという面ではよかったが、化学肥料などの外部から購入した投入財に依存する農業がもたらされたのである。そしてこの裏では、乾燥に強いソルガムやミレットなどの作物生産が後退した。

アフリカ諸国が採用した独立後の農業・農村の開発政策にも多くの問題があった。主に輸出向けの商品作物を重視する、植民地期の農業構造をそのまま引き継ぎ、植民地時代に形成された産業基盤の上で、アフリカ諸国は都市化や工業化中心の経済開発を推し進めようとした。農業は外貨獲得や都市向け食料供給のための基幹産業であるがゆえに、逆説的ではあるが、各国の政府は価格政策を通じて農業・農村に犠牲を強いてきたといってよい。また輸出作物生産を重視するあまり、食料作物の農学的研究はごく一部を除いて、軽視されたのである。

外貨獲得の手段が限られているアフリカ諸国にとって、輸出農業の振興は確かに欠かせないが、その偏重は食料安全保障を危うくする。世界的に輸出作物の増産傾向が続き、特に伝統的な輸出作物の価格下落が続いている。食料生産と輸出農業の均衡ある発展が求められる。

人口増加が土地に対して圧力となっている。在来農業の基本は焼畑を伴う叢林休閑農耕であった。人口密度の低い地域では、農地の外延的拡大を通して食料が増産されてきた。その結果、貴重な森林が耕地化された。土地の少なくなってきた地域では休閑期間が短縮した。したがって、農業生産にとって重要な土作りこそ、これから大切だ。その土作りには単なる化学肥料の多投ではなく、有機肥料を含む多角的対策が必要となってきている。

多かれ少なかれ、古今東西、いかなる地域の農業も人的な交流や物的な交換によって外部から異質なものが入り、在来システムと融合して新しい農業システムが生まれてきたのである。ゆるやかな時間の流れの中で、人類は生産環境を作り変えながら、永続的・半永続的に利用できる新しいシステムを築き上げてきたのである。しかしアフリカでの農業変化は、歴史という長い時間軸からすると、植民地化以降のきわめて短期間に起こったのである。アフリカ農業の不幸はここにある。地域にある資源を利用して循環型農業を作り上げていく努力がいま切実に求められる。

1980年代以降、構造調整プログラムが多くの国々で実施されてきたが、財政削減、民営化・市場経済化によりアフリカ農業は大きな混乱の状態にある。農業関係予算や人員の削減は、公共財的性格をもつ農業研究や改良普及事業に大きな後退を招いている。また、化学肥料や農薬などの投入財価格が上昇し、農業生産の収益性が落ち込んでいる。このような投入財を入手するための融資事業も大幅に後退している。

繰り返すが、アフリカの農村は多様であり、人々の生活も多様である。食料不安を取り除き、人々の栄養水準の向上は緊急を要する大きな課題である。だが、「緑の革命に取り残された地域だから、それに早く追随せよ」と提言することは、アフリカを一面的にしか見ていないことになる。「ネリカ稲」の開発によってアフリカ版「緑の革命」への期待は高まりつつあるが、それはアフリカ全域を対象にすることはできない。

アフリカにおいて外部投入資材を増やして急速な農業開発を促すことは多大の経済的、環境的コストを伴うので、地域や階層的に限定されてしまい、また持続可能ではない。いやそれどころか、これは貴重な自然環境を破壊し、修復不可能な状態をもたらすかもしれない。農村での食料自給力を少しずつ高めていくためには、地道な活動ではあるが、地域の資源を活用した基礎的な土作りから始めることである。

こういった普及活動のアクターには、生産の担い手である農民の団体が中心となるべきであるが、その行政的な支援も当然必要であり、地方行政の末端に位置する農業・生活改善普及員がファシリテーターの役割を果すことも重要である。また一般に阻害されがちな女性の参加を確保する仕組みを考慮することも必要である。NGOや地元企業の支援も必要となる場合もあるだろう。しかし先に述べたように、あくまでも地元地域優先の開発・普及活動の仕組みを構築すべきである。

【地域に根ざした農業・農村開発、そして参加による実践の重視】

長い間に築かれてきた地域の生存戦略や農耕システム(採集・狩猟を含む)を十分に踏まえた上で、食料安全保障の実現を目指すことのできる農業・農村開発を検討することが重要である。

これに関しては、「ファーミング・システム研究・普及(Farming Systems Research and Extension)」(以下、FSRE)の方法論が有効であると考える。

FSREは「特定地域の農家、農家集団を一つのシステムととらえ、その中のサブ・システム(農業−耕種・畜産、非農業的経済活動、家計)と外部諸条件(自然的、社会経済的)との相互規定関係を明らかにした上で、発展の制約要因を探り出し、営農改善並びに地域社会・経済の持続的発展を図ろうとするもの」(*1)である。その特徴は、問題の発見を現場からという「現場主義」、自然科学、社会・人文科学を動員する「学際主義」、そして問題解決を中心に据えた「実践主義」にある。また「診断→設計→試験→普及」のプロセスが体系化され、システムアプローチが体系化されている。

1970年代以降、アフリカでもこのFSRE研究が実施されており、すでに豊富な蓄積がある。FAOはその豊富な研究蓄積を活用し、主要なファーミング・システムの解決すべき問題の優先順位とアフリカ全体にかかわる問題を明らかにしている(*2)。後者を列挙すれば、「持続的資源管理、資源へのアクセスの改善、小農の競争力強化、世帯における脆弱性の縮小、HIV/AIDSへの対応」である。

地域資源の活用に際しては「5つの資本」という考え方が有効である。すなわち、これは「自然資本」「社会資本」「人的資本」「物的資本」「金融資本」という5つの資本の賦存状況を明らかにし、問題解決を図るというものである(*3)。

「何もない」あるいは「何が不足しているか」ではなく、「どのような資本が相対的に豊富にあるか」を踏まえて、地域の発展を考えることができる。

いずれにせよ、FSREによる農業開発や「5つの資本」による地域資源の活用は、最も重視すべき点である。また現場重視の視点に併せて、「参加型開発」の手法も重要である。このような手法を、構造調整政策下で弱体化された農業・農村地域で開発普及活動を強化するために利用していくことが、現在食料安全保障を確保する上で、最も重要な戦略であるといえる。

【まとめ−多面的な取り組みを−】

アフリカの食料安全保障は、全世界が努力を傾注すべき重大な課題である。アフリカの問題が解決されなければ、この地球に公正な社会と平和は訪れない。それにはまず、基本的な土作りを最優先課題にすべきである。同時に、簡易な水供給のサービスと維持管理のシステムの構築も急務を要する。

農民を含む地域住民の食料安全保障の向上は、生活向上や貧困緩和、人口問題や栄養改善、そしてエイズや健康に直結する課題でもある。

アフリカ問題の解決は、食料安全保障の確立にかかっていると言っても過言ではない。しかし、そのためには多面的な取り組みが必要である。いま明らかなことは、唯一の答えがないということだ。もちろん、限られた資源や資金は効率的に、かつ有効に活用されなければならない。

FSREや「5つの資本」は食料安全保障を確立する上で、地域資源の有効利用を計るための法法論や手法として活用されなくてはならない。もちろん、外部からの有効な知識や資源の活用も考慮すべきである。ただし、広域的な実験の場としてのみ、アフリカを対象にしてはならない。

アフリカの食料安全保障はアフリカ諸国、先進国いずれの政府にも重大な責任を有する課題である。NGOの役割も重要である。政府に政策を提言し、政府の活動を監視する、あるいは政府が果たすことのできない役割を積極的に進めていく必要がある。

「アフリカ日本協議会・食料安全保障研究会」は以下のように提言する。

  1. 国際社会は、2030年までにアフリカからすべての栄養不足人口をなくす。
  2. 日本政府は、政府開発援助額の5分の1を、アフリカの貧困削減と食料安全保障の確立に充当する。
  3. 関係の諸機関は、食料安全保障の基礎である「土作り」を中心とする分野の人材を早急に養成する。

アフリカの食料安全保障はきわめて重い課題であり、短期間に解決できる問題ではない。しかし叡智を集めて総力で取り組めば、必ず光明が差すのだという希望をもつことが大切だ。

遠い地域の出来事ではなく、身近な問題として、身内の出来事として注視しよう。

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